褒められたこと【2025/01/14】
自分の作品についた感想で、今でも強烈に覚えているものがあります。
「この人と会ったことは無いけれど、きっとこの人は優しい人なんだと思う」
原文そのままではないですが、こういう趣旨の感想でした。
そもそも、公開場所は開けた場所ではなく、同じところに所属している人しか見ることのできない、ある程度閉じた場所でした。
アドバイスを交換し合う形で設けられた場所だったので、もちろん作品の質をあげられるような改善点を的確に、簡潔に示した感想が欲しいわけです。
ですが、私の作品に送られたいくつかの感想は私の人柄を指摘するものでした。
作品から感じ取れる私をプラスに評価して下さった感想です。
今もですが、昔も未熟でしたから、そもそも作品と呼べるほどの完成度があったかは怪しいです。なので、作品そのものに感想を書けなかったから付いた感想かもしれません。
それでも、私はそれが凄く嬉しかったのです。
私が憧れる創作者は例に漏れず、その人の味があるわけで、その人を感じることができるわけです。
なんだか、少しだけ彼らに近づけたみたいに思いましたし、人柄を褒められるのに悪い気はしませんから。
色々ありまして、今やっているのは小説で、あの時やっていた創作とは違うものです。
今日また、私の作品から人柄を感じ取って頂き、そんな私が感じられる文章を褒めて下さった方がいました。
とても嬉しいのです。
良いか悪いかは未だ分かりません。
良く言えばあの時感じた初期衝動のまま、作品を形作れている。
悪く言えばあの時から進歩していない。
でもこんなに嬉しいのですから、良いのだと思うことにします。
ただの嬉しさを書き記すだけになってしまいましたが、これを伝えずに何が創作者だとも思うので悪しからず。
作品に対しても誰かに対しても誠実に。
心からの作品を。
これだけは、何が変わろうと大事にしてきたことですから。
シンシア
俳句を考えることが楽しかった話
俳句。
高校生の時に課題で作ったものが一番新しい記憶です。
残念ながらあまり真剣には取り組めませんでした。受動的にやらされただけですから、どんな句だったかも思い出せません。
皆さんは最後に俳句を詠んだのはいつでしょうか。
はじめまして、シンシアです。
近頃は小説は書かずに俳句ばかり作っていました。詠むなんてカッコつけられないくらい作るに近しいことでしたが。
今回は俳句作りが楽しかったので、少しだけ自作の紹介をしてみたいと思います。
よろしくお願いします!
はじめに
俳句を作ろうと思ったきっかけはカクヨムのコンテストです。
第2回カクヨム短歌・俳句コンテスト
カクヨム短歌・俳句コンテスト特設ページ - カクヨム特設ページ
1回目の時から興味がありましたが、どうせ拙いものになってしまうなと最初から諦めていました。
ですが、今回はちょうど連載中の「エリンギのおいしい食べ方」に登場する魔女の口上を五七五のリズムで作っていたので、参加に踏み切ることが出来ました。
>作品はこちらから!
魔女のモチーフに使った花をテーマに作った口上なので、そのままいける!
そう思ったのです。
口上をそのまま俳句部門に、下の句を付け足して短歌部門に参加しました。
その応募作品を自画自賛で気に入ってしまった私は同一テーマの元に詠まれる二十句にも挑戦したくなってしまいました。
二十句のテーマ
短歌は下の句もあり、大変そうに見えるので俳句にしました。
魔女の口上から俳句に入りましたから、エリンギに関係するものが良いなと思い、特に大好きなキャラであるエリンジュームとネリネをテーマにすることを決めました。
二人のモチーフになっている花はその名の通りエリンジウム(松笠薊)とネリネ(姫彼岸花)です。
それに加えて、この二人にするならば、それぞれの視点からあるものやお互いを見て感じていることを表現するがピッタリだと考えました。
なので、最初の十句はエリンジューム、それに対応する返歌をネリネとしました。
姫彼岸花便りなき姿みず
最初の句です。
この句を作ってから細かいコンセプトを決めていったので、これが一番の自信作かもしれません。
この句は姫彼岸花を頭に持ってくるということから始まり、掛詞のように次に掛かる言葉を探した所、花便りという言葉を見つけました。
花便りとは花が咲いたことを知らせる便りというそのままの意味です。
今度は便りに掛かる言葉。
たよりなきという言葉は姫彼岸花の姿をそのまま表現できるピッタリな言葉として考えました。
姫彼岸花はヒガンバナ属の花なので似ている姿なのですか、どこかヒガンバナよりも細くよれているような見た目をしています。色もピンクなので赤よりも薄く頼りない感じに見えました。
そして、たよりなきにも繋がる姿なきという言葉。
エリンギに登場するエリンジュームは陥没穴へ落ちていますからネリネを見ることが出来ません。
なので、姿なきに当てはまるということで採用しました。
姫彼岸 花便りなき 姿みず
ひめひがん はなだよりなき すがたみず
姫彼岸花 たよりなき姿みず
ひめひがんばな たよりなきすがたみず
掛詞を使うと、定型と外した型の2つの詠み方ができるのが素敵ですよね。
ネリネに会えなくて寂しいよというエリンの心情を詠んだ句ですが、開花次期になってもあの頼りないヒガンバナが咲く知らせが来ないよという情景をエリンギが知らない人には感じて頂けるかなと思っています。
(どうでしょうか?)
どこか儚げで字面と掛詞特化の句ですね。
尋ねるは愚かさ貴方のまつかさ
全部を解説するのは読んでくださる方に申し訳ないので抜粋します。
これは十句目で、エリンパートを締めくくる句です。
先程の一句目を作った時に手紙形式にするという案を思いついたので、「より」「from」の宛名。松笠薊という言葉でくくることを決めました。
まつかさあざみ
七文字で最後の五文字にどうやっても当てはまらないのです。
まつ かさあざみ
と分ける案もありましたが、どうせなら一句目とは違うアプローチを考えました。
手紙形式にする為にはネリネパートの始まりである十一句目も松笠薊という言葉を使わなければなりません。
なので、まつかさ あざみ に分けることで次へ掛ける解決法を採用しました。
新たな問題もあります。
まつかさで終わらせるのに四文字です。
最後の括る五音が「の」とか「に」とかの接続的な役割から始まるのはどうにも許せない。
頭を悩ませた結果。
定型を外す選択をしました。
そこからは、まつかさにくっつく単語と意味。
何があっても最後にはネリネとの暮らし、日常を取り戻したいというエリンの気持ちとを擦り合わせて、貴方の待つ傘に決めました。
次に、定型外だと二つに部を分けるのがリズム的には詠みやすいので、残りの九音を使い切ることから考えました。
どうせリズムを重視するなら二重表現。音を重ねる方法にも手を出そうと思い、かさで終わる言葉を考え、調べてました。
そうしてヒットしたのが愚かさという言葉。これに上手い具合に意味を持たせることを考えると尋ねるはがいいのかなとふんわりと決めました。
尋ねるはエリンのぐちゃぐちゃと先のことを考えてしまう性格を反映してますし、ネリネが待っている傘に入るなんて聞く前に彼女の方から寄ってきますから、愚かという言葉も彼女らしいです。
尋ねるは愚かさ 貴方のまつかさ
たずねるはおろかさ あなたのまつかさ
ネリネに詳細を話さずに陥没穴に落ちた申し訳ないエリンの気持ちを詠んだ句ですが、かさかさという二重表現を大事にした句で、エリンギを知らない人にも、煮え切らない二人の関係を感じて頂けるかと思います。
目を凝らせ我最短のスペクトル
九句目です。
この句は松笠薊の紫色の見た目に注目しました。
スペクトルというのはプリズム(分光器)と呼ばれる光を分散させたり屈折させたりするものに光を通した時の波長の強度を記録したものです。
理科の授業で凸レンズと凹レンズに光を当てるなんていう実験を覚えてますでしょうか。
(説明が難しいですね)
とにかく、紫色は一番波長が短い光線なのです。
虹を見た時に紫色まで綺麗に色が分かれているのものを見るのは難しくありませんか?
それはこのスペクトルによって説明がつきます。
目を凝らせ 我最短の スペクトル
めをこらせ われさいたんの すぺくとる
そのままの意味ですが、
この句は返歌も合わせて魅力的に作りました。
これの返歌である十九句目は
菜の光 線紫に届け 赤き波
なのひかり せんしにとどけ あかきなみ
姫彼岸花はピンク色の花です。
スペクトルにピンク色はありません。このピンク色を作るには一番波長が長い赤色と一番波長が短い紫色を合わせることが必要なのです。
紫色の波長に赤が追いつくことで現れる桃色。
なんだか素敵に思えます。
これもそのままですが、スペクトルに用いられるnm(ナノメートル)という言葉を見つけると、
ナノ光線という掛詞が出てきます。
オシャレで好きなポイントです。
菜の花に注ぐナノ光線を感じて頂けると嬉しいです。
このように二つの句を合わせることでより鮮明に意味が見えてくるような仕掛けを目指した二句です。
最後に
ここまでお付き合い頂きありがとうございます。
こんなに自分の作品を解説するのは初めてなので読んでもらえるか、伝わるか、恥ずかしい気持ちでいっぱいです。
楽しんでもらえたら嬉しい限りです。
一句目は十一日目、二句目は十二句目とそれぞれ返歌になっていますので、是非二つ合わせて詠んでもらえる嬉しいです。
他の句にも同様に意味を込めて仕掛けを込めて考えましたので見つけてみてください。
いいなと思った句がありましたら教えて頂けると泣いて喜びます。
では、またの記事で会いましょう!
シンシア
目一杯の祝福を君に
皆様は好きな作品に出会った時にどのような行動をしますか。
私はインターネットに作品を公開するようになるまで全く反応はしませんでした。
ただ楽しむだけです。
ですが、いざ自分が作品を公開する立場になると反応がどれだけ貴重なもので嬉しいものだということかが分かりました。
はじめまして、シンシアです。
今回は好きな作品に出会った時に自分がやっていることについて書いていこうと思います。
今一度自分を整理するつもりで書きます。
よろしくお願いします!
ライク機能
まずはワンボタンでできることですね。
作品を楽しんだ後に、SNSであればいいねやハート。
カクヨムであれば応援ですね。
この機能は私の中では読んだ足跡を残す意味合いもあります。
恐らくそう使っている人は多いかと思います。
もちろん「いいね!」という思いも込めてますが一番気軽にできる反応ですが、つけてもらえると私は尚更嬉しいので、極力読んだらつけるようにしています。
レビューを書く
カクヨムでは星をつけると同時にレビューを書くことができます。
キャッチコピーと本文を書くことができて、自分の作品のページも華やかになって見栄えがとても良くなります。
それに、自分の作品を読んでくれただけでなく、文章まで考えてくれたと思うと大変ありがたいことだと思います。
私は応援したい作品や好きな作品と出会った時には書くようにしています。
カクヨム上での星の大切さは散々書いてきましたが、やはり文章付きで送られてくると舞い上がってしまいます。
(リアルに変な声を出してしまいます)
自分の言葉で作品の良さを伝えるということはとても難しいことだと感じます。私は作品を作る時よりも緊張してしまいます。
レビューとは書きましたが、私の場合はファンレターのような体で書くことが多いので、頭の中を取り出すみたいな感覚で、非常に恥ずかしいです。
サイト外での拡散
SNSで呟いたり、他サイトで紹介するなんて反応の仕方もありますよね。
もっとこれもやりたいのですが、拡散力が皆無なのであまりやりません。
そもそもこのブログは作品を紹介する為に始めたのですが、最近はこんな風な雑記ばかりになってしまっていますね。
せめてツイートだけでも広まるようになれば嬉しいですね……
目一杯の祝福を君に
タイトルにも使いましたが、YOASOBIの「祝福」の歌詞から引用しました。
祝福と呼ぶには畏れ多いですが、私が好きな作品に出会った際は自分ができる最大限の反応をしようと心がけています。
私は褒めることや好きな所しか書きませんので、私がレビューを贈らせて頂いた作者様の中には怪しく恐怖を感じた方がいるかもしれません。
ですが、全て私が作品を読んで本当に感じたことですので、ある一人の人間にはこう見えたと素直に受け取ってもらいたいです。
「目一杯の祝福を君に」
某アニメの素晴らしい解釈のもと生まれた素晴らしい言葉ではありますが、私が作品に反応する際はこれぐらいの気持ちで向き合いたいという気持ちがあります。
最後に
ここまで読んで頂きありがとうございます。
こんなXで一つ呟けばすむ話を長々と書きましたが、あまり呟くことが得意ではないので今後も雑記のようなものは書いていこうと思います。
もし、この記事を読んで私のことが気になった方は是非カクヨムを覗いてもらえると嬉しいです。
では、またお会いしましょう。
シンシア
最低限の読みやすさは大切だという話
皆さんはweb小説を読んでいますか?
私はブログ名の通り、毎日カクヨムの作品を絶対に一話は読むようにしているのですが、
作品の面白さより読みづらさの方が勝ってしまい途中でやめてしまうことがあります。
さて、今回はそんな文章の中身は置いておいて
読むという行為を後押ししてくれる改行について書いていこうと思います。
私が読んでいて気になることをまとめていきます。
書き手の皆様が参考になれば嬉しいですね。
スマホで読む
私はweb小説を読む時にはパソコンではなくスマホで読むことが多いです。
どっしりと腰を据えて読むというより、楽な姿勢でリラックスして読みたいからです。
ただ、スマホも決して大きい画面ではないので別の意味で疲れてしまいます。
そんな中でずらりと改行なしで一段落びっしりと文章が詰まっていると、とても読みづらいですよね。
それが、専門用語や固有名詞が山程出てくる作品であれば余計にうんざりとしてしまいます。
パソコンであれば表示できる横の幅がスマホに比べたら多く表示できるので、
少しは読みやすいかもしれませんが、
手元でスクロールした時に文字の壁が押し寄せる感じでは物語に没入できたものではありません。
私もどれくらいの頻度で改行するかはまだ勉強中でありますが、一文ごとに改行するようにしています。
ただ、これが読みやすいかはわかりません。
(全然読まれていないので)
画面の中の情報量を極力落とすことで、文章が頭に入りやすくなるような気がするのです。
セリフ
キャラクターのセリフを書く時は鉤括弧を使いますよね。
「これです」
「何度目かの」
「セリフのやり取りの後は」
そのまま続けるのではなく、ある程度隙間がある方が次の地の文が読みやすくなると感じます。
私は大体二行ほど開けて、地の文との差別化を図っています。
(一文ごとに一行あけるため)
その他の記号
心の声を表したり、神様視点のセリフを表現する時に鉤括弧ではない「」を使う作品も見かけます。
【すみかっこ】
(かっこ)
『大きいかっこ』
そのまま文をつなげるのではなく、
これらを使う時も少し空欄を作った方が良いと考えます。
見慣れないので頭に入りづらいのです。
(私だけですかね)
頭に入りづらいものは情報量を落とす。
これは鉄則です。
私が大事にしていること
少し創作論的な話を一つ。
読まれる読まれないは関係なしにインターネットに公開している時点で誰かが読む可能性がありますよね。
読んでくださる読者の方への最低限の感謝の気持ちとして、
作品を作るにあたって、読みやすさというものを私は一番大事にしています。
文章の上手い、下手。
作品自体の面白い、面白くないは
二の次だと思います。
自分のできる範囲で作品の中身以外の煩わしさは出来るだけ排除する。
その為に段落中であっても一行開けるといった行為が必要なのです。
これは別に小説を始めて投稿する人もできることですからね。
これをやらなくて損をしている作品は沢山あると思います。
最後に
ここまでお付き合い頂きありがとうございます。
今回は私が作品作りで一番大切にしていることについてでした。
共感していただけたでしょうか。
とはいえこのブログだって読みづらいところは沢山あると思うので、私もまだまだ勉強中の身であります。
カクヨムに作品を投稿している作者の方は一度沢山読まれている作品を読むといいと思います。
作品の中身もそうですが、web小説ならではの読みやすさが学べます。
一緒に勉強していきましょう!
シンシア
カクヨムで作品を探す基準についての話
みなさんはどのように好きな作品を見つけますか?
私は大体SNS(X)ですね。
毎日膨大な投稿がされますから。
イラストであったり、写真であったり、小説であったり、ぬいぐるみであったり、グッズであったりと。
いち早く最新情報を手に入れる為には欠かせないツールですよね。
さて、今回はそんな作品を探すことに関する話です。
主にカクヨム作品についてのブログですので、私がどのようにカクヨムで作品を見つけているかについて書こうと思います。
よろしくお願いします!
完結済みの作品
まず完結済みか連載中か、
この二択は最初に浮かびます。
これは気分によって違います。
私は基本的に読み終わった作品には文字付きのレビューを残すようにしています。
ですが、これは完結済みの作品に限ります。
やはり、その作品を味わい終えてから感想を書きたいからです。
カクヨムの星の重要性を鑑みると書き手からすれば好ましくない行為ですが、本来レビューとは途中でしませんよね。
料理店の評価も、しっかり食べ終わってから星をつけるのが礼儀というものですよね。
小説と料理じゃ味わい尽くすまでに大きな時間の差がありますが、私はそんなイメージを持っています。
なので、レビューを書きたい時は完結済みの作品から探します。
時間がある時は長編にも手を出しますが、大体3万字程度の短編から探しますね。
(私は15万字より長い作品を読んだことがありません。手を出してみないといけませんね)
どうしても100万字!とかを見ると、ゲッと思ってしまいます。
一章だけでも読めばいいと自分でも思うのですが、一読者としての気持ちはこんなものです。
連載中の作品
連載中の作品はそのままの通りリアルタイムで作品を追いたい気分の時に探しますね。
なるべく連載を始めて間もない時期であれば、一話ずつ話を終えますから、週刊誌感覚で作品を楽しむことができます。
私は結構この感覚が好きなんです。
書き手としてはネット小説で大事な次の話への引きについても多く学ぶことができますし、単純に読み手としても自分だけの最強のパーティみたいで気持ちが高まるのです。
フォローした作品が通知と共に届く感覚が良いのです。
連載中の作品の残念な所もあります。
それは打ち切られてしまうことです。
これは私がそう感じるだけなのかもしれないのですが、まだ続けられそうだし、序盤で提示された要素を回収していないのにここで完結させちゃうのという作品もありました。
更新を楽しみにしていましたから、ショックが大きいです。
追っている作品はそれなりの愛情を持って読んでしまうので、ある程度の切れ目を待たずにバツんと終わった時には切ない気持ちになります。
完結済みの作品は残りの文字数がわかるので今は大体山のどこくらいかが読みながらわかりますからね。
作品の文字数
少しフライングして書いてしまいましたが、完結済みの作品の場合、短編を選んで読むことが多いです。
大体上限は6万字ぐらいです。
どうしても10万字に近づくにつれて苦しいかなと思ってしまいます。
やっぱり読んだ分量につれてある程度納得のいく展開や終わり方を求めてしまいますから、あまり好みの作品でなかった時の喪失感のようなものが大きくなってしまいます。
私はレビューを書く練習を兼ねて読んでいるという側面もあるので、
まずは短い物語をより深く味わうということに重きを置いているというのも短編を選ぶ理由になっていると思います。
趣味趣向
長編、短編、連載中、完結済み。
そんな要素を関係なしに読んでみたいと思う作品があります。
それは単純に自分が好きなジャンルです。
当たり前かもしれませんが、好きなものがタグ付けされていたり、タイトルに書かれているとついつい読んでみたくなりますよね。
私の場合は
百合、アンドロイド、SF、魔女
この4つに弱いです。
ここに加えて今アツいジャンルが加わってきます。
今で言うと、料理はアツいです。
私の場合はあらすじは関係なしに読んでしまいます。
基本的には雑食でありますので、ある程度のものは許容できるからです。
ただセルフレーティングと呼ばれる。
残酷表現あり、暴力表現あり、性表現ありの表示は見るようにしています。
これは、それを避けるというよりかは読む前の心構えとしてチェックしています。
セルフレーティングが設定されていないのにも関わらず、読んでいてそういった表現が出てくると驚いてしまいます。不快感でいっぱいになってしまいます。書き手の方は少しやりすぎなぐらいに設定した方がいいと思います。
是非、上の4つを満たす作品に出会いたいものです。
最後に
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
今回は私が作品を探す基準について書きました。
一人一人作品を選ぶ基準は違うと思いますが、何かの役に立てば嬉しい限りです。
前回の記事にたくさん星をつけてくださりありがとうございました。大変励みになりました。
今後ともよろしくお願いします。
シンシア
誰かの心を揺さぶる作品が作りたい話
昨日の土曜プレミアムを見ましたか?
大人気アニメ、漫画であります「鬼滅の刃」の遊郭決戦編の特別編集版を放映していました。
私はもう、何度もアニメで見ていますし漫画も読んでいるのですが、ついテレビ放送するという情報を入手すると見ずにはいられなくなってしまいます。
サブスク等で好きな時間に見られる世の中ですが、その時間に予定もなく見る時間があるのであれば見てしまうのです。
私にとってはそんな魔力がある作品なのです。
昨日もその例に漏れることなく試聴したのですが、何度も見ているはずなのに、エンドロールが流れ終わってCMに入ってもしばらく立ち上がることができませんでした。
本当に素晴らしい作品なのです。
(とんでもない知名度なので今更鬼滅のことを語るのは少々恥ずかしいですね)
カクヨムに入り浸りすぎて大切なことを忘れていました。
私が作りたかった作品とは誰か一人を刺し◯すほどの力がある作品なのです。
私は誰か一人を刺し◯せない作品に大勢の人を魅了することはできないという考えがあります。
私は確かに鬼滅を見た後、刺された感覚を覚えました。
最近は少々読まれることだけに注力しすぎて、自分の作品がそれだけの力があるかどうかという客観的な視点を忘れていました。
鬼滅に限らず世の中に溢れる商業作品と私の同人作品を比べるのは烏滸がましい話ですが、私の作品を見る暇があるならば鬼滅の刃を見てくれと。そう思ってしまったのです。
(放送後、自分の作品を確認しにいったら見事にPVは伸びていなかったので、みんな鬼滅の刃を見ていたのだと思います。冗談ですよ)
まだまだ足りないし、書けることは沢山あると思いました。
力を入れて更新しているエリンギだって、完璧な文章であるとはいえません。伸びなくて当然です。
カクヨムの作品を下げているわけではありませんが、何でこれはこんなにも読まれているのに自分のエリンギは読まれないんだなんてことを更新するたびに想っていました。
ですが、そんな争いがしたくて創作を始めたわけではありません。世間で誰かを刺し◯している作品と肩を並べられるような攻撃力を持った作品を作りたいからです。
本当に自分を見つめ直す良いきっかけになりました。
作家らしく、奇跡的に読んでくれた一人をも逃さない魅力的な文章が書けるよう精進いたします。
とはいえ、応援していただけると泣いて喜びますのでよろしくお願いします。
(下書きのような記事ですみません)
シンシア
好きを伝えるということは大変だという話
はじめまして、シンシアです。
自作の執筆が波に乗っておりまして、カクヨム作品のレビューを考える時間がありません。
良い兆候なので今日も創作論を書いていこうと思います。
よろしくお願いします!
ROM専です
私は基本的にはROM専で、作品を読んでも、動画を見ても、イラストを見ても、作者にコメントをしたり、反応を返さずに陰ながらコソコソと応援したいタイプです。
恥ずかしいじゃないですか。
これを言ったらどう伝わるのか。
何か気に触るような表現はないのか。
そもそも自分という存在を認知して欲しくない。
これらの理由があり、作者に反応するのが嫌なのです。
今でも、実は反応するのが億劫で仕方がないです。
感想をもらう経験を
これは私自身の経験ですが、作品に何かコメントだったり反応をもらえると嬉しいのです。
どこをどうしたらこうなったのかが分からない作品。
やっとの想いで生み出した作品。
そんな存在に誰かが感想を残してくれる。
好きだという気持ちだったり。
応援の気持ちだったり。
ここが気に入っている、ここが合わなかった。
何であれ嬉しいのです。
今でも覚えています。
小説ではないですが、私のある作品に初めて感想をくださった人のことを。
今でも、その言葉は私の中で大事なものとしてしまっていますし、私の創作の根源にも残っているものです。
感想を頂けるというのは極上の経験だと思うのです。
このブログは創作者の皆様にそんな体験をお届けしたくて始めたという側面があります。
このブログで少しでも作者の方が嬉しさを感じてもらえているのならば嬉しいです。
好きを伝えること
好きを伝えることはとてもエネルギーを使うことなのです。
作者という揺るがない受け取り手がいますし、小説を書いている人の場合は私の文章が変に感じないかなど、書くこちら側も相当気を使う行為なのです。
作品はいいですよ。
極論をいえば、自分が良ければいいですから。
私は好きを伝えることの方が難しくて尊い行為であると考えています。
だからこそ、書き手が読み手を蔑ろにするような行為には腹が立ちます。
だから前の記事で言った「拙作」という言葉が嫌いなのです。
インターネットに作品を上げる必要などないのですよ。一人で楽しみたい人は一人で楽しめばいいのです。
作品を投稿した時点で、誰かが読むということを前提に考えるべきです。
脱線しましたが、書き手が作品を作るよりも読み手が感想を書く方がよっぽどエネルギーを使う行為であり、尊いものであるということが言いたいのです。
なりたいもの
私は皆様の反応を一つも蔑ろにしない作者でありたいのです。
好きな気持ちを書いたのに作者からの反応が全くなく、何か気に触ったかなと不安な夜を過ごさせはしません。
好きという気持ちが壁打ちになることがどんなにダメージを受けることなのかを知っています。
作者の心が守られるのは当たり前ですが、それと同じくらいファンの心も守られるべきだと思います。
だから、もらった反応には嬉しい気持ちを示してください。
最後に
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
こんなことを書いておりますが、私はまだ自分の小説にレビューを書いてもらったことがありません。
創作論とは成功して初めて本物であると証明されるものですよね。
私が活動を始めたのも小説家に限らず、活動者に対して多くの疑問があるからです。
なので、創作者とはこうあるべきだという考えが大変なほど先行しています。
ファンの気持ちに寄り添う創作者でありたい私をどうか応援して頂けたら嬉しいです。
私に興味が出た方は下記のリンクから小説を読んでみてください。
お願いします。
シンシアでした。